日記

こんばんは。

ただいま就職活動で慌ただしい日々を送る中、なぜかブログを始めてしまいました。


TwitterInstagramアメブロもやっているので、割とSNS充はしていると思うのですが、やはり、形式上の繋がりもあるので、わたしをあまり知らない不特定の知人や、あまり奥を見せたことのない親友に見られて引かれるのが怖くなり、好きに書けなくなってしまったので、また新しく始めました。


言いたいことを言うために、フォロワーが0人のTwitterアカウントもあるのですが、
Twitterではあまり長く書けないというのと、結局はどこかに潜む承認欲求からは抜け出せないということもあって、新しいブログという選択です。



ブログを始めるにあたり、わたしの「日記」について書こうと思います。


わたしは今までに何度か日記を書こうと試みたことがあります。

何度も試みているあたりから伝わってしまうと思いますが、驚くほど続きません。三日坊主とはよく言いますが、三日続くのは長い方です。

元々飽き性ではあると思います。

今まで、紙媒体である自分日記、交換日記、あとはアメーバなど試してきました。

基本、交換日記は止めてしまいます。アメーバも登録はずっとしていますが、以前から更新は滅多にしていません。


自分日記でもそうなのですが、昔から日記で本音が書けません。(ここが本題です長引いてすみません)

人によって捉え方は様々だと思いますが、日記って秘密を書くようなイメージありませんか?

ブログはまた違うかもしれませんが、交換日記もわたしの中では秘密を共有するイメージがあります。


というか、自分が見るだけの自分の日記なら、本音を書いても誰もなにも思わないので、好きに書けばいいのでは?

そう思います。

わたしが途切れ途切れの日記を書き始めたのは、中学二年生からでした。
日記のタイトルは「オレ日記」です。信じたくない。

ノートの表紙に青いラメの極細ポスカで「オレ日記 なのサ!」と書き、好きなシールをちりばめました。

当時、デコノートというノートに絵を書いたり装飾することが流行っていました。

勿論それは、流行りモノが大好きなオシャレな女の子の間で。

当時、今以上に地味っ地味だったわたしは、デコノートに憧れを抱きつつも、地味なわたしがオシャレな子と同じことをすることや、そうした憧れを人に知られることが怖くて、学校のノートでデコノートを作ることができませんでした。

そこで、日記にやたら装飾をしたわけです。


内容は日常に起きたこと、思ったこと、好きなひと嫌いなひとの話。

本音書いてるジャン。

当時は気付いていませんでした。自分しか見ない日記の中でも自分を作ってしまっていることに。

学校の自分とは違う自分を作っていました。

勿論、全く嘘というわけではないのです。嫌なひとの愚痴とか、好きなひとのことがどれくらい好きかとか、あの子のこういうところが素敵だとか。

本音を書きつつも、「嫌い」を「苦手」と言ったり、ひとの良いところを書き綴って褒めちぎったり。

嘘ではないのですが、どこか「ひとを簡単に嫌っちゃいけない」「ひとの良いところを知らないといけない」という考えが窺えます。
というか、良いところも考えずに否定してはいけないという考えていたんだと思います。今でもそう思っています。

「確かに◯◯は△△△なのはありがたいけどさ、」

日記のなかでも予防線張っています。

今考えると、日記とは言っても、誰かと会話してる感覚だったのかな。

中学生だった当時は、イケイケグループのひとたちに対して苦手意識が強くあったし、軽蔑もしていました。それと同時に、憧れてもいました。

元々シャイなもんで、ノリが悪く、なんとなーく周りから「この人はお固い人」「ふざけるより勉強したい人」というイメージを持たれ、敬遠されていると感じていました(事実は知りません)。

わたしはいつも心のなかで「違う!違うのに!」って思っていました。
ちょっと笑いのツボは違うかもしれないけど、面白いことが大好き!お笑いもよく見る!テレビっ子だよ!別に勉強だって求められるからやってるだけでほんとは嫌い!やらなくてもできちゃうんだよしょうがないじゃん!

ひとにどう思われるかが怖すぎて、嫌われることよりなるべく何も思われないことを選びました。

でも、ほんとは「本当の自分を知って欲しい」という思いがかなり強かった。
今でも、本当の自分を誰も知らなくてもわたしが知っていればいいと思う反面、誤解されたくない、と強く思っています。だからSNS漬けなんですね。

恐らく、日記は、本音を言う目的もそうですが、本当の自分がイケイケグループのひとたちとなんら変わらない、という憧れを叶えるツールでもあったのだと思います。

わたしとイケイケグループのひとたちは全く違います。

人は皆違う、と言ったらまあそれまでなのですが、

根本的に違うのです。なれやしない。残念だけど、なれなくてよかったとも思う。

しかし当時のわたしは、違うなんて認めたくなかった。
今もそうですが、中学生高校生くらいまで、自分のことが大っ嫌いでした(この話も後にしたいと思っています)。

殊に恋愛に関しては。

中学生って地味ってだけで恋愛に参加できなかった。たぶん原因は地味ってだけじゃなかったんだろうけど、自分の性格の地味さが全てに起因していると思っていた。だって自分に自信がなくて上手く喋れないのも、自分が地味でブスでキモいからでしょ?

でも、日記の中では、明るい普通の女の子だった。
地味なことに悩んでいる内容も書いてあったけど、かわいいコンプレックスみたいなものだった。

恋愛に関しても、わたしなんて地味だから相手にされないよ😭という、「ほんとは違うのに〜」アピール。
誰も見ない日記の中で。

わたしは日記のなかで私自身に、自分は皆に知られてないけど、皆と同じ悩みを持ってるし、結構やさしくていい子なんだよってアピールしていました。

なんででしょう。いつかイケイケなひとに知ってもらえる、好きになってもらえると期待でもしていたんでしょうか。

それとも憧れであるイケイケなひとが持ってそうな考えを真似していたのでしょうか。

わからないけど、これがわたしと日記の関係です。

このブログでは、当時の日記より、わたしに近いことが書けたらいいなと思っています。