🐵

イヤホン忘れて聴きたい曲聴けないモーニン

 

 

ぼくの短所をジョークにしても眉をひそめないで〜

 

 

https://youtu.be/w05Q_aZKkFw

 

 

🐒

 

https://youtu.be/74Ows_6-sew

運命みたくはしゃぎすぎてトラウマ

 

https://youtu.be/2jxjDAqulRo

レコード聴いてる俺かっけえとかそのへん俺もうなんでもいい

 

https://youtu.be/4KrA6OqJZ8o

なんでも好きにしちゃってよ

SINK🐟

https://r25.jp/article/528460449796332249

 

 https://woman.mynavi.jp/article/161115-5/

 

 https://uwaki-pro.com/columns/24/

 

https://tabi-labo.com/285426/how-to-change-yourself

ノウハウ

https://4meee.com/articles/view/84330

 

https://rmpaz.com/liar-2-385

 

https://winfriede.com/liar/

 

https://motivation-upgrade.com/uso/

 

PDCAとか書いてあるしぼくらはビジネスじゃないねんって言われるかなとか思いつつ愛しさも感じつつ

 

こんなん検索して頼ってくなんて愚行かな、もう手探りだよ、一生こうなんかな、気持ち悪いな、自分の行動もよくわからないな、くたばったらいいよさっさとくたばれよ、くたばれって言われることしたんだろって自分以外に言われたくないし

わたしがいなくなれば上手くいくことばっかだ昔から変わらない

 

https://youtu.be/KRtdmVAMiZ8

 

 

油性で書いちゃったから消えない

キャラじゃないなんて甘えてるから

逃してばっか

 

https://youtu.be/WdQ6wmap8U4

 

世界だって君にあげるって思ってるのにな

 

 

もう好きじゃなくなったのかな

それは曲がちげーよ

 

 

染まりたくないってずっと思ってたのに得体の知れないものに飲まれてしまった

電車が緊急停止しただけで、カラスが頭上を通り過ぎただけで、どうしようもなく泣きたくなる

甘えたい子どもとなんら変わらない、飛行機で誕生日祝われなくて怒った人となんら変わらない

きっとずっと甘えたい、だめじゃないって言われるんじゃなくて、だめでもいいよって言われたがってる、そんなのいいわけないのに

わたし気持ち悪い気色悪い恥ずかしい

でも気持ち悪いくらい好きな人できた気付いたら恥ずかしい台詞考えちゃう好きな人できた

満員電車で泣いてるわたしに誰も気づかないけど、1人だけ連れ出そうとしてくれてる人一緒に歩こうとしてくれる人がいる。ほんとはわたしがそうしたい。

 

またこんなとこで書いてごめん。どうか気づかないで、でも気づいてほしい

 

 

中学生かなって思うけど結局言葉に救われてるわけでわたしも救う側になりたいし

 

fatboyzくん、わたしの好きな人は、わたしのこと好きかな。なんで優しくしてくれたのかな。わたしのこと好きにならなきゃよかったって思ってるかな。嫌いでもいいからそばにいてくれないかな。わたし無しで生きられなくならないかな。わたし君なしじゃだめみたいだどうしよう。ごめんで許されるなんて思ったことないけどごめんねって言ってごめんね

東日本大震災

 

東日本大震災から今日で6年と1ヶ月経たないくらい。

なんの節目でもありませんが、時が過ぎていく上で節目なんてあってないようなものなので、さっき思い出したことを書きます。

 

 

大災害で自分語りをするのはいささか不謹慎でありますが、わたしはわたしで思ったこともあるので。

 

(こうした不謹慎であることを自分がわかっていればいいものを、わざわざ書くことが、以前述べたように自分に予防線を張ることの例の一つだと思っています。)

 

 

 

2011年3月11日、中学3年生だったわたしは午前中に卒業式の練習を終え、その後に国語の先生に頼まれて学校で雑用のお手伝いをしていました。

地震が起きたのはその手伝いの最中です。

 

強めの地震が収まると思ったらどんどん強くなったという印象。

 

先生含め5人で作業をしていました。全員で急いで机の下に潜りましたが、友だちの1人が怖くてパニック状態でした。別の友だちが「◯◯ちゃん机の脚しっかり持って!」と言っていたのを覚えています。

 

と、ここまで下書きに書いてありました。一年近く前に書いたのでしょう。

 

何を書こうとしたのかわかりませんが、なんとなくで続きを書いてみようと思います。

 

 

揺れがおさまってから、学校にいた全員が校庭に集まりました。

同学年は私たちだけでしたが、後輩たちは卒業式の練習で残っていました。

 

私たちだけ、といっても、同学年の男子も1人学校に残っていました。

最初、彼の靴があるのに姿が見当たらない!と先生達が慌てていたのを覚えてます。

 

彼は小学校からの同級生で、小学生のときは週1回別の学校に通う男の子でした。

当時はあまり意識していませんでしたが、中学でもときどき違う学校へ行き、2年生くらいのときに担任から少し発達障害があるみたいと告げられました(確か3年間、正確には5年間同じクラスだった気がする)。

 

確かに勉強があまりできなかったり(不真面目ではない)、運動が苦手だったり、机の周りが片付いてないことは元々目に付いていた。

そのこともあって、中学では少しいじめられていたように思う。いや小学校からか。

ほとんどの人がいじる程度だったように見えたけど、普段人のことをいじったりするようなタイプでない人は、いじる人たちに便乗して高圧的な態度をとっているように思われた。

そのことを先生はなんとなく知っていて、人よりできないことがあるのは障害があるから仕方ないんだよ、優しくしてあげてね、というようなことを言っていた。

その言い方が誰が言うよりも彼に不適切ではないかと引っかかったのを覚えている。

 

私は彼と割と長くクラスメイトであったが、ほとんど話してことはなかった。もちろん彼をいじったこともない。

というかいじる要素を感じなかった。

確かに勉強は私の方ができた。足も私の方が速かった。

でも私は彼が電車に詳しいことを知っていた。運動は苦手だけど、剣道を習っていて、剣道が好きなことを知っていた。

小学生のとき、剣道を習っていると何かのスピーチで彼が話したとき、クラスの数名が笑ったことに気がついたけど、私は単に剣道を習ってる人を見たのが初めてだったのですげぇとか思っていた。中学で剣道部に入ったと知ったとき、なんとなく嬉しかった。

 

彼とは友だちではなかったが、どこか尊敬していた。私は彼にできないことができたけど、彼は私の知らないことを知っているといううっすらとした確信があった。気がする。

 

ちなみに彼を男の子として見たことはない。もちろん男の子であることは知っているけど。

彼は、何かを見てなのか勝手になのか知らないが、授業中や掃除中などによく勃起していてからかわれていた。それには正直引いていた。それが思春期にありがちなことなのか障害と関係あったのかは未だにわからない。

 

あと余談も余談だけど、彼は渡部陽一のモノマネがめちゃくちゃうまかった。渡部陽一のマネをしながら「つゆだくおでん」って言うのがめちゃくちゃ笑いのツボだった。

 

話は戻って、東日本大震災の日、校庭に集まったあと私は泣いてしまった。

友だちは揺れの恐怖によるパニックが落ち着いてきていたが、私は急に家にいる母、会社にいる父、どこかに出かけている姉が無事か不安になった。何か物が落ちてきて頭を打っていたらどうしよう。そう思ったら涙が止まらなかった。

国語の先生が背中をさすってくれた。

 

気づいたら靴があるのに見当たらなかった彼も校庭に来ていた。

 

しばらくして泣きやみ、友だちと喋っていた。

友だちが彼に「どこにいたんだよ〜笑」と話しかけた。その友だちも彼をよくいじる人の1人だった。私も「そうだよどこにいたの〜笑」と言ってみたりした。

 

会話が止んだ頃に彼と目が合って、彼がなんか言った。よく聞き取れなかったので「え?」と返事したら、彼は「いやいいや」とはにかみながら言った。

数秒後、私は彼が「大丈夫か?」って言っていたと理解した。

 

なんとなく、彼も人のこと心配したりするんだなあと嬉しくなった。同時に、友だちでもないけど彼の中で私は人間として存在してるんだなあと思った。

彼は良くも悪くも注目された。もちろん障害がそれを手伝っていた。彼自身の発言も面白かったので、楽しいと思っていた人もいたと思う。

私は小学生の頃から彼を気にしていた。尊敬していたと書いたが、同時に心配でもあった。人よりできないことがあることを感じていたから。

小5のときの遠足で彼と同じ班だった。オリエンテーリングで歩き回っているうちに体力のない彼はだんだんペースが合わなくなっていった。そのとき私も疲れたふりして彼と同じペースで歩いたのを覚えている。私も苦しい顔をしてみたりしたが、私たちは汗の量がまったく異なっていた。

そのくらい気にかけていた。

できない彼に同情していたわけでも、尊敬するからって好きだったわけでもなかったが。

 

その彼が私を気にかけたことにかなり驚いた。大丈夫だよありがとうって言いたかったなあとかも思う。

 

 

地震があった日の帰り道、1,2年のときの担任が家の途中まで送ってくれた。そのとき泣いたあとの私の顔を見て「花粉症?笑」と言った。

そして、私の家は他の生徒と道が外れるので、早々に先生との別れ道になった。言われたのか、ただ感じたのか記憶が定かではないが、「君は1人で大丈夫でしょ」という感じを受けた。

2年間担任をしていた先生だが、まさか私が地震で泣いたり不安になったりするような生徒だと思っていなかったみたいだ。

私はまず人に心配をかけるような行動はとらなかった。だからそんな安心感のようなものがあったのだろう。

 

でも、先生は何も見ていないんだなと思った。

 

 

何が言いたかったというわけでもないのだが、私の中で震災のときの記憶というとこのことを思い出す。

 

国語の先生や同級生など意外な人から気にかけられていたことに気づき、

担任は私のことなど気にかけていなかったことにも気づき、

 

なんか自分って結構弱いんだなあとか思ったり。

 

総じてなんなのかよくわからん。笑

 

 

自分語りというかただのメモリーだな。一年近く前の私はなにが言いたかったのだろうか。

 

途中から口調?も変わっちゃったし。

 

わからないけどこれでおしまい。

日記

こんばんは。

ただいま就職活動で慌ただしい日々を送る中、なぜかブログを始めてしまいました。


TwitterInstagramアメブロもやっているので、割とSNS充はしていると思うのですが、やはり、形式上の繋がりもあるので、わたしをあまり知らない不特定の知人や、あまり奥を見せたことのない親友に見られて引かれるのが怖くなり、好きに書けなくなってしまったので、また新しく始めました。


言いたいことを言うために、フォロワーが0人のTwitterアカウントもあるのですが、
Twitterではあまり長く書けないというのと、結局はどこかに潜む承認欲求からは抜け出せないということもあって、新しいブログという選択です。



ブログを始めるにあたり、わたしの「日記」について書こうと思います。


わたしは今までに何度か日記を書こうと試みたことがあります。

何度も試みているあたりから伝わってしまうと思いますが、驚くほど続きません。三日坊主とはよく言いますが、三日続くのは長い方です。

元々飽き性ではあると思います。

今まで、紙媒体である自分日記、交換日記、あとはアメーバなど試してきました。

基本、交換日記は止めてしまいます。アメーバも登録はずっとしていますが、以前から更新は滅多にしていません。


自分日記でもそうなのですが、昔から日記で本音が書けません。(ここが本題です長引いてすみません)

人によって捉え方は様々だと思いますが、日記って秘密を書くようなイメージありませんか?

ブログはまた違うかもしれませんが、交換日記もわたしの中では秘密を共有するイメージがあります。


というか、自分が見るだけの自分の日記なら、本音を書いても誰もなにも思わないので、好きに書けばいいのでは?

そう思います。

わたしが途切れ途切れの日記を書き始めたのは、中学二年生からでした。
日記のタイトルは「オレ日記」です。信じたくない。

ノートの表紙に青いラメの極細ポスカで「オレ日記 なのサ!」と書き、好きなシールをちりばめました。

当時、デコノートというノートに絵を書いたり装飾することが流行っていました。

勿論それは、流行りモノが大好きなオシャレな女の子の間で。

当時、今以上に地味っ地味だったわたしは、デコノートに憧れを抱きつつも、地味なわたしがオシャレな子と同じことをすることや、そうした憧れを人に知られることが怖くて、学校のノートでデコノートを作ることができませんでした。

そこで、日記にやたら装飾をしたわけです。


内容は日常に起きたこと、思ったこと、好きなひと嫌いなひとの話。

本音書いてるジャン。

当時は気付いていませんでした。自分しか見ない日記の中でも自分を作ってしまっていることに。

学校の自分とは違う自分を作っていました。

勿論、全く嘘というわけではないのです。嫌なひとの愚痴とか、好きなひとのことがどれくらい好きかとか、あの子のこういうところが素敵だとか。

本音を書きつつも、「嫌い」を「苦手」と言ったり、ひとの良いところを書き綴って褒めちぎったり。

嘘ではないのですが、どこか「ひとを簡単に嫌っちゃいけない」「ひとの良いところを知らないといけない」という考えが窺えます。
というか、良いところも考えずに否定してはいけないという考えていたんだと思います。今でもそう思っています。

「確かに◯◯は△△△なのはありがたいけどさ、」

日記のなかでも予防線張っています。

今考えると、日記とは言っても、誰かと会話してる感覚だったのかな。

中学生だった当時は、イケイケグループのひとたちに対して苦手意識が強くあったし、軽蔑もしていました。それと同時に、憧れてもいました。

元々シャイなもんで、ノリが悪く、なんとなーく周りから「この人はお固い人」「ふざけるより勉強したい人」というイメージを持たれ、敬遠されていると感じていました(事実は知りません)。

わたしはいつも心のなかで「違う!違うのに!」って思っていました。
ちょっと笑いのツボは違うかもしれないけど、面白いことが大好き!お笑いもよく見る!テレビっ子だよ!別に勉強だって求められるからやってるだけでほんとは嫌い!やらなくてもできちゃうんだよしょうがないじゃん!

ひとにどう思われるかが怖すぎて、嫌われることよりなるべく何も思われないことを選びました。

でも、ほんとは「本当の自分を知って欲しい」という思いがかなり強かった。
今でも、本当の自分を誰も知らなくてもわたしが知っていればいいと思う反面、誤解されたくない、と強く思っています。だからSNS漬けなんですね。

恐らく、日記は、本音を言う目的もそうですが、本当の自分がイケイケグループのひとたちとなんら変わらない、という憧れを叶えるツールでもあったのだと思います。

わたしとイケイケグループのひとたちは全く違います。

人は皆違う、と言ったらまあそれまでなのですが、

根本的に違うのです。なれやしない。残念だけど、なれなくてよかったとも思う。

しかし当時のわたしは、違うなんて認めたくなかった。
今もそうですが、中学生高校生くらいまで、自分のことが大っ嫌いでした(この話も後にしたいと思っています)。

殊に恋愛に関しては。

中学生って地味ってだけで恋愛に参加できなかった。たぶん原因は地味ってだけじゃなかったんだろうけど、自分の性格の地味さが全てに起因していると思っていた。だって自分に自信がなくて上手く喋れないのも、自分が地味でブスでキモいからでしょ?

でも、日記の中では、明るい普通の女の子だった。
地味なことに悩んでいる内容も書いてあったけど、かわいいコンプレックスみたいなものだった。

恋愛に関しても、わたしなんて地味だから相手にされないよ😭という、「ほんとは違うのに〜」アピール。
誰も見ない日記の中で。

わたしは日記のなかで私自身に、自分は皆に知られてないけど、皆と同じ悩みを持ってるし、結構やさしくていい子なんだよってアピールしていました。

なんででしょう。いつかイケイケなひとに知ってもらえる、好きになってもらえると期待でもしていたんでしょうか。

それとも憧れであるイケイケなひとが持ってそうな考えを真似していたのでしょうか。

わからないけど、これがわたしと日記の関係です。

このブログでは、当時の日記より、わたしに近いことが書けたらいいなと思っています。