性欲処理と自慰行為

こんばんは。

 

 

最近のわたしの悩みは専ら性欲処理です。

勉強に集中できないほど。

 

気がついたらエロいことを考えている。

所謂ムラムラしているということだろうか。ムラムラの定義もわからないし、目に見えないので判断しがたいですが、きっとこれがそうなのでしょう。

 

どうしたらいいんだろうか。

 

彼氏はいますが、勉強があってとても会う時間をとることができない。

 

あとその為に彼氏に会うのはセフレみたいで嫌なんです。

好きなひとと行為をしたいのは当然のことですし、セフレという関係性も肯定しますが、彼氏を「性欲処理目的」と心で明言することに抵抗があります。単なるポリシーみたいなものです。

 

自慰行為しか手段はないのか。

 

問題はその事。

 

わたしは、自慰行為ができません。

 

世の中の女性はどのくらい自慰をするのだろう。

男性と違って、女性はオーガズムを迎えにくいと言いますよね。

女性は自慰ならイケているのでしょうか。

 

正直なところ、わたしはイッたことがない。

 

不安&不満で何度かインターネットで検索したが、よくあることだそうです。

ということは、世の中の女性、性欲処理できてなさすぎでは、、?!

自慰でなんとかしてル?!

 

どうしよう、なんだか日本語が不自由です。性欲のせいでしょうか。

 

わたしは彼氏とのセックスがお互いもっと楽しくなるように、どのようにしてオーガズムを迎えやすくなるか、これまたインターネットで調べました。

 

「オナってイキやすい身体にしてけ」

 

という記事が多く見受けられました。

「なるほど、、」と思い、自慰を試みました。しかし、自分のとはいえど、なんか汚い。あと、してる最中に物凄い虚無感に襲われます。

ネットにはその虚しさを越えていけというようなことも書いてあったような気がしますが、越えられませんでした。

 

また、自分で快感を得やすい位置を見つけなさいとのお告げも(ネットから)ありましたが、うーん、イマイチ。

なんかわからんでもないけど、、そのうちその場所もなんとも思わなくなってしまう。

あと、こうしてほしいって彼氏に言うの?無理じゃない?恥ずかしすぎて言えない。

というか、「こうしてほしい」って言っておきながら何も感じなかったらどうしよう、という不安の方が大きい。そのくらい、自分の性感帯に自信が持てない。更に自慰に対する虚無感が高まります。

 

また、自慰行為では絶対に満たされないものってありますよね。そうです相手です。

わたしは、彼氏とのセックスは好きです。イクことはありませんし、快感も曖昧なものしかありません。しかし、セックスをしていると(偽装かもしれない)愛を感じることができるだけではなく、相手が興奮しているのを見ると興奮します。それが好きです。

つまり、わたしにとって単なる愛情確認行為というだけではなく、しっかりとエロいことが好きなんです。

 

そしてセックスが好きなことが、自慰で満たされない原因であると思います。

 

相手のいるセックスが好きな人にとって、自慰は虚しいものであると同時に、次のセックスの楽しみを高める興奮剤のようなものであるかもしれません。自慰で焦らして焦らしてやっとセックス、、!みたいな。

もちろん推測なので断定はできませんが。

 

ただ、わたしは相手が興奮していると興奮するのです。自慰では興奮できません。消化不良なムラムラが続きます。

 

日々考えてしまうエロいことも、相手が興奮しているところです。今気がつきましたが、これは一種の性癖なのでしょうか。

けれど「相手が興奮していないと興奮できない」という人(恐らくわたしはこれ)はあまり聞いたおぼえがないですが、「相手が興奮していると興奮する」という人は多いような気がします。AVでそのような台詞をしばしば耳にするので。

 

わたしは、相手が興奮していないと、萎えてしまいます。相手の賢者タイムに何かされても虚しくなってしまいます。時には底知れぬ虚無感に泣きそうになってしまって「もう無理」と言ってしばらくベッドで黙って丸くなっていたこともあります。

もしかしたらよくあることなのかもしれませんが。

 

 

なんだか話が逸れました。何の話をしたかったのかがよくわかりません。

 

とにかく自分が自慰では満たされないということを冷静に考えることができました。

結局、今の性欲の処理方法については解決せず。やるせない夜を今日も過ごします。

 

おやすみなさい。

 

 

 

こういう話を知人友人としたい

日記

こんばんは。

ただいま就職活動で慌ただしい日々を送る中、なぜかブログを始めてしまいました。


TwitterInstagramアメブロもやっているので、割とSNS充はしていると思うのですが、やはり、形式上の繋がりもあるので、わたしをあまり知らない不特定の知人や、あまり奥を見せたことのない親友に見られて引かれるのが怖くなり、好きに書けなくなってしまったので、また新しく始めました。


言いたいことを言うために、フォロワーが0人のTwitterアカウントもあるのですが、
Twitterではあまり長く書けないというのと、結局はどこかに潜む承認欲求からは抜け出せないということもあって、新しいブログという選択です。



ブログを始めるにあたり、わたしの「日記」について書こうと思います。


わたしは今までに何度か日記を書こうと試みたことがあります。

何度も試みているあたりから伝わってしまうと思いますが、驚くほど続きません。三日坊主とはよく言いますが、三日続くのは長い方です。

元々飽き性ではあると思います。

今まで、紙媒体である自分日記、交換日記、あとはアメーバなど試してきました。

基本、交換日記は止めてしまいます。アメーバも登録はずっとしていますが、以前から更新は滅多にしていません。


自分日記でもそうなのですが、昔から日記で本音が書けません。(ここが本題です長引いてすみません)

人によって捉え方は様々だと思いますが、日記って秘密を書くようなイメージありませんか?

ブログはまた違うかもしれませんが、交換日記もわたしの中では秘密を共有するイメージがあります。


というか、自分が見るだけの自分の日記なら、本音を書いても誰もなにも思わないので、好きに書けばいいのでは?

そう思います。

わたしが途切れ途切れの日記を書き始めたのは、中学二年生からでした。
日記のタイトルは「オレ日記」です。信じたくない。

ノートの表紙に青いラメの極細ポスカで「オレ日記 なのサ!」と書き、好きなシールをちりばめました。

当時、デコノートというノートに絵を書いたり装飾することが流行っていました。

勿論それは、流行りモノが大好きなオシャレな女の子の間で。

当時、今以上に地味っ地味だったわたしは、デコノートに憧れを抱きつつも、地味なわたしがオシャレな子と同じことをすることや、そうした憧れを人に知られることが怖くて、学校のノートでデコノートを作ることができませんでした。

そこで、日記にやたら装飾をしたわけです。


内容は日常に起きたこと、思ったこと、好きなひと嫌いなひとの話。

本音書いてるジャン。

当時は気付いていませんでした。自分しか見ない日記の中でも自分を作ってしまっていることに。

学校の自分とは違う自分を作っていました。

勿論、全く嘘というわけではないのです。嫌なひとの愚痴とか、好きなひとのことがどれくらい好きかとか、あの子のこういうところが素敵だとか。

本音を書きつつも、「嫌い」を「苦手」と言ったり、ひとの良いところを書き綴って褒めちぎったり。

嘘ではないのですが、どこか「ひとを簡単に嫌っちゃいけない」「ひとの良いところを知らないといけない」という考えが窺えます。
というか、良いところも考えずに否定してはいけないという考えていたんだと思います。今でもそう思っています。

「確かに◯◯は△△△なのはありがたいけどさ、」

日記のなかでも予防線張っています。

今考えると、日記とは言っても、誰かと会話してる感覚だったのかな。

中学生だった当時は、イケイケグループのひとたちに対して苦手意識が強くあったし、軽蔑もしていました。それと同時に、憧れてもいました。

元々シャイなもんで、ノリが悪く、なんとなーく周りから「この人はお固い人」「ふざけるより勉強したい人」というイメージを持たれ、敬遠されていると感じていました(事実は知りません)。

わたしはいつも心のなかで「違う!違うのに!」って思っていました。
ちょっと笑いのツボは違うかもしれないけど、面白いことが大好き!お笑いもよく見る!テレビっ子だよ!別に勉強だって求められるからやってるだけでほんとは嫌い!やらなくてもできちゃうんだよしょうがないじゃん!

ひとにどう思われるかが怖すぎて、嫌われることよりなるべく何も思われないことを選びました。

でも、ほんとは「本当の自分を知って欲しい」という思いがかなり強かった。
今でも、本当の自分を誰も知らなくてもわたしが知っていればいいと思う反面、誤解されたくない、と強く思っています。だからSNS漬けなんですね。

恐らく、日記は、本音を言う目的もそうですが、本当の自分がイケイケグループのひとたちとなんら変わらない、という憧れを叶えるツールでもあったのだと思います。

わたしとイケイケグループのひとたちは全く違います。

人は皆違う、と言ったらまあそれまでなのですが、

根本的に違うのです。なれやしない。残念だけど、なれなくてよかったとも思う。

しかし当時のわたしは、違うなんて認めたくなかった。
今もそうですが、中学生高校生くらいまで、自分のことが大っ嫌いでした(この話も後にしたいと思っています)。

殊に恋愛に関しては。

中学生って地味ってだけで恋愛に参加できなかった。たぶん原因は地味ってだけじゃなかったんだろうけど、自分の性格の地味さが全てに起因していると思っていた。だって自分に自信がなくて上手く喋れないのも、自分が地味でブスでキモいからでしょ?

でも、日記の中では、明るい普通の女の子だった。
地味なことに悩んでいる内容も書いてあったけど、かわいいコンプレックスみたいなものだった。

恋愛に関しても、わたしなんて地味だから相手にされないよ😭という、「ほんとは違うのに〜」アピール。
誰も見ない日記の中で。

わたしは日記のなかで私自身に、自分は皆に知られてないけど、皆と同じ悩みを持ってるし、結構やさしくていい子なんだよってアピールしていました。

なんででしょう。いつかイケイケなひとに知ってもらえる、好きになってもらえると期待でもしていたんでしょうか。

それとも憧れであるイケイケなひとが持ってそうな考えを真似していたのでしょうか。

わからないけど、これがわたしと日記の関係です。

このブログでは、当時の日記より、わたしに近いことが書けたらいいなと思っています。